東京高等裁判所 平成元年(ネ)2472号 判決 1990年6月28日
控訴人 吉澤梅雄
右訴訟代理人弁護士 千島勲
被控訴人 大和ダイカスト工業有限会社
右代表者取締役 小林和三
被控訴人 株式会社東和銀行
右代表者代表取締役 前田文雄
右訴訟代理人弁護士 畑仁
池本誠司
被控訴人 三洋金属株式会社
右代表者代表取締役 成毛功雄
右訴訟代理人弁護士 松井正道
城戸勉
松村正康
主文
原判決を取り消す。
被控訴人大和ダイカスト工業有限会社は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地につき別紙登記目録記載一の登記の抹消登記手続をせよ。
被控訴人株式会社東和銀行(旧商号株式会社大生相互銀行)は、控訴人に対し、同土地につき別紙登記目録記載二の登記の抹消登記手続をせよ。
被控訴人三洋金属株式会社は、控訴人に対し、同土地につき別紙登記目録記載三の登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
理由
一 本件土地がもと控訴人の所有であつたこと、本件土地につき控訴人主張の各登記がされていることは、当事者間に争いがない。
二 被控訴人らは、被控訴人大和ダイカストが控訴人から本件土地の譲渡を受けたと主張するので(抗弁(一))、判断する。
1 まず、被控訴人大和ダイカストが本件土地を取得した原因証書が控訴人、勝治、被控訴人大和ダイカスト及び同三洋金属間の債務引受契約書(丁第三号証)(以下「本件契約書」という。)であることは、弁論の全趣旨から明らかであるので、その成否について検討する。
(一) 本件契約書の控訴人名下の印影が控訴人の印章によつて顕出されたことは控訴人の認めるところである。
(二) しかしながら、
(1) 原審証人関口晴嘉は、同人(以下「関口」という。)は被控訴人三洋金属の総務課員であるが、昭和四九年四月初めころ吉澤製作所を経営する勝治が倒産したので、関口が控訴人からその実印を預り、本件契約書を作成したのち、同年八月ころ同被控訴会社非鉄三部課長である中元二三生(以下「中元」という。)を通して返還した、本件契約書の内容については、中元が控訴人と折衝したもので、中元から控訴人の了解を得たとの報告を受けたが、関口自身は控訴人に確認していない、本件契約書は同被控訴会社八階の事務所で作成したが、控訴人も勝治も同席せず、勝治の印章を中元が、控訴人の印章を関口が押捺した、中元に控訴人らに本件契約書を示すように指示した(その結果を確認したかどうかの供述はない。)旨述べている。原審証人中元二三生は、本件契約書の案については、中元が昭和四九年五、六月ころから勝治夫婦、被控訴人大和ダイカスト代表者小林和三(以下「小林」という。)との間で煮詰め、同年七、八月になつて最終的に控訴人の了解を求めたところ、控訴人は仕方がないだろうなと言い、反対意見は述べなかつたが、承知したという言葉は聞いていない、本件契約書の作成に中元は関与していないが、最終的には見ている、中元が同年七、八月に勝治の事務所で本件契約書を控訴人らに見せて説明したが、強い反対はなかつた旨供述している。原審において被控訴人大和ダイカスト代表者小林和三は、本件契約書について控訴人及び勝治の合意を取り付けたのは、被控訴人三洋金属側であり、小林は控訴人らの同意が取れたというので本件契約書にサインしたが、自分は控訴人らに確認してはおらず、サインをしたのは昭和四九年七月ころであつた(後の質問に対しては五月終りか六月初めであるとも述べている。)、本件土地の買受けは、登記上同年四月一〇日となつているが、その契約書をいつ作成したか思い出せない旨供述している。本件契約書の作成に関与した右三名の供述はいずれもかなりあいまいであり、相互に食い違いがある。
(2) ≪証拠≫によれば、本件土地につき昭和四九年八月二六日難波司法書士により同年四月一〇日売買を原因とする控訴人から被控訴人大和ダイカストへの所有権移転登記手続がされ、その際控訴人の実印が用いられたことが認められ、前掲関口、中元各証言には、同年八月二六日勝治夫婦、小林、関口、中元が難波司法書士により右登記手続をしたとの供述部分があり、前掲小林、原審証人田中静六の同様の趣旨の供述がある(但し、その時期は明らかではない。)。しかし、通常の経過では、本件契約書の作成、所有権移転登記という運びとなるべきところ、登記原因が四月一〇日売買となつていること、前示登記手続当時控訴人の実印が被控訴人三洋金属側の手中にあつた公算が強いこと、登記委任状の控訴人の署名が勝治又は妻糸美によつてされたとは認め難いことに徴すると、右登記手続がされたことが本件契約書の成立の真正の証明に寄与するものとは考えにくい。
(3) 本件契約書の記載自体によれば、作成日付が昭和四九年九月一日となつているが、前示のとおり、その登記手続はこれに先立つ同年八月二六日にされ、また、本件契約書作成当時の勝治の被控訴人三洋金属に対する残債務は右契約書上二一六五万一九四二円とされているが、≪証拠≫によれば、右残債務は同年八月三一日現在で二八九〇万八一三六円であり、二一六五万一九四二円となつたのは同年九月三〇日現在においてである。
(4) 控訴人は、原審における本人尋問において、関口から、他の債権者からの追及に対して、実印を被控訴人三洋金属に持つて行かれたと弁解すればよいから預つておいてやるといわれて、関口に実印を預けた旨供述している。
以上の点からすると、被控訴人三洋金属、同大和ダイカストは、最も重要な本件契約書の作成にあたつて、控訴人の同席が不可能であつたことを窺わせるような格別の事情も窺われないのに控訴人を立ち会わせず、被控訴人三洋金属側で預つていた控訴人の実印を押捺したものであり、被控訴人ら側の人証の供述によつても、控訴人が確定的に承諾したことを明らかにする資料はついに存しない。また、控訴人が関口に実印を預けてから本件契約書が作成されるまで数か月を経過しており、実印を預けたこと自体から、控訴人が右約定につき白紙委任的な承諾をしたとの推認は困難である(むしろ、控訴人が同被控訴人側に実印を預けた時期、期間からすると、実印を預けた経緯に関する控訴人の前記供述も一概に否定できないように思われる。)。
(三) 確かに、原審証人吉澤勝治の証言によつても、勝治は被控訴人三洋金属との取引に基づき二ないし三〇〇〇万円の債務を負担していたこと、≪証拠≫によれば、保証限度については必ずしも明確ではないが、控訴人が勝治の同被控訴人との間の取引により生じた債務につき連帯保証をしたこと、前掲控訴人の供述によれば、控訴人が昭和四九年九月ころ本件土地登記簿謄本の交付を受け、被控訴人大和ダイカストへの所有権移転登記がされていることを知つたが、本件訴訟を提起するまで抗議をしたことがないことがそれぞれ認められるが、これらの事情を加味して考えても、丁第三号証が真正に成立したとは認め難い。そして他に被控訴人らの右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
したがつて、抗弁(一)は理由がない。
三 被控訴人三洋金属の予備的抗弁(二)について順次検討する。
1 抗弁1(表見代理)について
前示のとおり本件土地の被控訴人大和ダイカストへの所有権移転原因となる前示債務引受契約については、勝治が控訴人の代理人として関与したものではないから、被控訴人三洋金属の右主張はその前提を欠き理由がない。なお、同被控訴人は所有権移転登記手続をするにあたつて、控訴人が出頭せず、勝治が関与したことをとらえて右主張をするかのようなところがあるが、登記申請をもつて所有権移転行為があつたと主張するものではないから、仮に登記申請手続について勝治が控訴人を代理したとしても、それのみで、所有権移転行為についての代理が成立するものではないし、登記申請についても同被控訴人の預つていた控訴人の印章が利用された公算も大きく、勝治の代理行為自体も認め難い。
2 抗弁2(黙示の追認)について
控訴人が被控訴人大和ダイカストへの所有権移転登記の存在を知りながら、約七年間放置していたことは前示のとおりであるが、前示債務引受契約の交渉の当事者として直接折衝に当たつた被控訴人三洋金属が控訴人の確定的な承諾を得たことを確認しないまま、手許にある控訴人の実印を使用して契約書を作成したことも前示のとおりであつて、このような右契約締結の経緯に照らすと、控訴人が前記の対抗措置をとらなかつたことのみをもつて黙示の承諾をしたものとみることはできないから、同被控訴人の右主張は採用できない。
3 抗弁3(権利の濫用又は信義則違反)について
右2において説示したとおりの事情の下では、被控訴人三洋金属は控訴人から被控訴人大和ダイカストへの本件土地所有権移転行為につき純然たる第三者には当たらず、本件契約書作成の経緯に照らすと、控訴人の被控訴人三洋金属に対する右所有権移転の無効の主張が権利の濫用ないし信義則違反に当たるものということはできない。同被控訴人の右主張も肯認できない。
四 以上の次第により、控訴人の本訴請求はいずれも理由がある。よつて、右請求を棄却した原判決は失当であるからこれを取り消して右請求を認容する
(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 加茂紀久男 河合治夫)